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名古屋地方裁判所 昭和41年(わ)2319号 判決 1968年7月20日

本籍

岐阜県瑞浪市土岐町六番地の二

住居

名古屋市中区南辰己町七九番地

会社役員

加藤忠之

明治四〇年五月九日生

右の者に対する昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法違反被告事件について当裁判所は検察官笹岡彦右衛門出席のうえ審理をおわり次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は中部観光株式会社への貸付金に対する利息収入を秘匿して所得税を免れようと考え、

第一、昭和三九年三月一六日所轄名古屋中税務署において同署長に対し、昭和三八年度における所得税の確定申告をなすに当り、同年度中の実際の総所得金額は二二、九〇〇、九二三円(これに対する所得税額は一〇、一三四、五四〇円)であるのに、雑所得となるべき前記利息収入について中部観光株式会社との話し合いでその貸付名義を高峰なる架空人名義とし、且つ右受取利息を以つて株式会社東海銀行御国支店外数店に架空人名義定期預金を設定するなどして右雑所得の金額を秘匿したうえ、その総所得金額を五、四六七、九八一円(これに対する所得税額は六九五、二五〇円)と虚偽の記載をした所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により正規に納入すべき所得税額と、右申告にかかる虚偽の総所得金額にもとづき算出される所得税額との差額九、四三九、二九〇円の所得税を免れ

第二、昭和四〇年三月一五日所轄名古屋中税務署において同署長に対し、昭和三九年度における所得税の確定申告をなすに当り、同年度中の実際の総所得金額は一三、三三〇、〇四一円(これに対する所得税額は四、七八六、九九〇円)であるのに雑所得となるべき前記利息収入について前同様の方法により右雑所得の金額を秘匿したうえ、総所得金額を五、一五二、六一七円(これに対する所得税額は六〇二、九五〇円)と虚偽の記載をした所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により正規に納入すべき所得税額と右申告にかかる虚偽の総所得金額にもとずき算出される所得税額との差額四、一八四、〇四〇円の所得税を免れ。

もつてそれぞれ逋脱したものである。

(証拠の標目)

一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書六通及び検察官に対する供述調書五通

一、被告人作成の上申書一二通

一、第四回公判調書中の証人奥山宗雄の供述部分

一、奥山宗雄の大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する供述調書(但し一項乃至八項のみ)

一、第五回公判調書中の証人丹羽登の供述部分

一、丹羽登の検察官に対する供述調書(但し第一、二項のみ)

一、山田泰吉の大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する供述調書

一、伴重義の大蔵事務官に対する質問てん末書二通及び検察官に対する供述調書

一、加藤千冬の検察官に対する供述調書

一、加藤孝之の大蔵事務官に対する質問てん末書(昭和四〇年九月三日付、同月四日付)二通、及び検察官に対する供述調書二通

一、名古屋中税務署長渡辺衛作成の証明書

一、武藤克美(株式会社十六銀行熱田支店長中村守)作成の「利息明細表」と題する書面

一、大鹿吉夫(株式会社東海銀行御園支店長清島成禮)作成の貸付明細表を内容とする書面

一、青山英男(株式会社十六銀行瑞浪支店長近藤蕪)作成の定期預金元帳の写

一、佐藤豊子(株式会社十六銀行熱田支店長中村守)作成の「定期預金表」と題する書面

一、木村文子(株式会社東海銀行御園支店長清島成禮)作成の「定期預金明細」と題する書面、及び「自動継続定期預金元帳、希望積立預金元帳の写

一、石上正己(株式会社東海銀行御園支店長清島成禮)作成の「定期預金明細」と題する書面

一、新節子(株式会社日本勤業銀行大分支店長島弘毅)作成の証明書二通

一、原貢(株式会社大分銀行取締役営業部長川野良一郎)作成の定期預金記入帳の写を内容とする書面三通

一、押収してある会計伝票七綴(昭和四二年押第一九〇号の一乃至六、及び一一)同借入金手形台帳四冊(同号の七乃至一〇)、同昭和三九年度支払手形控二綴(同号の一二及び一四)同仮払金補助薄一冊(同号の一三)、同個人別借入金明細表一綴(同号の一五)、債務明細表資料一綴(同号の一六)

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも昭和四〇年法律第三三号所得税法附則第三五条により同法による改正前の所得税法第六九条第一項に該当し判示第一の所為についてはなおその免れた所得税の額が五〇〇万円をこえ情状により同条第二項を適用するのが相当であるところ、いずれも懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、懲役刑については同法第四七条本文、第一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金については同法第四八条第二項を適用し、その刑期及び合算罰金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金六〇〇万円に処し右罰金を完納することができないときは同法第一八条により金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。尚、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は刑訴法第一八一条第一項本文に則り被告人にその負担を命ずる。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は被告人の昭和三八年度及び同三九年度における本件利息収入はいずれも被告人の金融業としての所得であるから事業所得である旨主張するのでこの点に対する当裁判所の判断を示すこととする。

ここに事業所得にいう金融業とは、計画的に、ある期間継続して、利益を得る目的をもつて他人に金員を貸与し、それに対する利息その他の収入を得ることをある程度組織的に反復継続する行為の総体であり、その判断は結局のところ、貸付相手先の数、その者との関係、貸付の動機、目的、貸付頻度、貸付金額、利率、受取利息の額、それがその者の総所得に占める割合、貸付資本の性質、そのための人的物的設備等の形態その他諸般の事情を基礎として、所得税法の精神により社会通念上客観的に右の如き行為形態と一般に認めうるが否かによってなすべきものといわなければならない。

今本件被告人の中部観光株式会社に対する金員の貸付とこれに対する利息の受領についてみるにまず被告人が中部観光株式会社に金員を貸与するに至つた経緯は、昭和三三年頃、その以前から右会社の出入業者であつた関係から知り合い、その後は個人的にも親交のあつた右会社常務取締役奥山宗雄からの依頼によりたまたまその頃手許にあつた不動産売却代金を中部観光株式会社を助けるため好意的に融資したのが発端で、爾後元金の完済も受けられないまま貸付元金高が漸増していつたものであり、被告人とても当初は受取利息について単に礼金程度の気持しか持つていなかつたものであり、そして中部観光株式会社への金員の貸借、利息の授受は一切被告人の氏名を表面に出さず、終始架空名義を用いて処理されて来たものである。更に被告人が利息を得て融資しているのは中部観光株式会社のみであり、その貸付形態を見ても、被告人側においては貸付金についてはもとより、受取利息金についても帳簿等書類の整備がなされていないばかりでなく、被告人及び本件当時被告人に代わつて中部観光株式会社との衝にあたつていた実弟加藤孝之もこれについてほとんど正確な資料さえ持ち合わせていない有様である。加えて中部観光株式会社の経営状態が悪化した後もなお右会社よりの要望を容れ金利を下げてまで無担保で貸付繰返していたものであつて、貸金中には若干銀行よりの借入金を貸与した事実もうかがわれるが、これとて自己の預金を引当に借入れたものである。以上認定の事実及びその他諸般の事情を総合すると被告人には営業としての主体的な計画性や組織性は全くなくよし利率、貸付回数、貸付口数の多いこと及び貸付金額、受取利息額が相当多額にのぼることを考慮にいれても社会通念上被告人が金融業を営み、その事業として中部観光株式会社に金員を貸与していたものとすることはできない。

なお弁護人は、本件における被告人の貸付が、この点に関する国税庁長官の基本通達九三項に該当するから金融業としてなされたものであると主張するが、右通達は国税庁が法律の解釈をできるだけ統一し、もつて所得税の賦課徴収という行政事務の円滑を企るとともにその取扱いの不均衡を是正するため発せられたものであつて、右通達は絶対的なものではなく、又その解釈も法律の精神に合致するようになさなければならないことは明らかであるし、右通達が金融業の定義づけをなし、いわばその構成要件とでもいうべきものを規定したものとは到底考えられず、前記のとおり一般に観念の定まる金融業に該るかどうかの一応の判断資料を例示したものに過ぎないのであつて、たとえ、文理的に右通達を充足したとしても、それのみにより直ちに当該貸付が金融業としてのものであると判断することはできないものといわなければならない。

以上のとおり、被告人の本件利息収入は金融業による事業所得ではなく雑所得と認定すべきである。弁護人の主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川潤 裁判官 三村慎治 裁判官 太田雅利)

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